我々は頭の中にある記憶(記録)に日々悩まされている。その記憶(記録)とは自分の姿なり

脳の持ち主でり、脳の主(あるじ)で有りながら自分の身体のてっぺんに在る脳のことをあまり氣にしていない。その脳が自分の身体全体を支配(コントロール)しているにも拘わらずである。

よって、私たちはその脳、いや、自分自身と言う脳に『気づいて』観たいものです。しかし、『人間は努力する限り迷うものだ』とドイツの詩人ケ゜ーテは名句を残しております。

私たちは、日々の生活で、仕事、人間関係、家庭など実にさまざまなものごとに出会い、つらいと感じたり、どうしたらよいかと迷ったり、悩んだりします。

これも、宇宙と一体であるが故のことかもしれません。故に、日々努力するのである。誰だって、よい人生を生きたいし、そのために努力するのです。

ですが、努力をすれば、その先には壁や障害も現れるものです。また、気持が続かない弱さもあって、そこから悔しさや、自信を失う苦しみが生まれたりもします。

『何事もスムーズにいけば楽』と誰もが考えますが、そうは問屋が卸さないのが人生なのです。そして、そういう人生の日々、私たちは、心に重荷をどんどん背負っていきます。

私たちは、これらの心の重荷を背負って日々を暮らしているため、何事につけても『そんな心に余裕がないよ』と事自己的理由をつくり逃げ腰になってしまう。

しかし、そういう状況のときこそ、努力という『自在力』を身につけたいものです。それがあれば、目の前に現れる全ての現象を別の角度から見る力も生ま;;れ、乗り越えられるのではないでしょうか?

とは言え、そういう心の『自在力』を発揮しょうとすると邪魔するものが現れます。何でしょうか?・・・結論から言えば、あなたが『今、自分だと思っている自分』です。『自我的自分』こそが、もっとも知恵の障害になっているのです。

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